161107 気候撮「冬」

立冬 (りっとう)この日から立春の前日までが暦の上では冬となります。木枯らしが吹き、冬の訪れを感じる頃。太陽の光が弱まって日も短くなり、木立ちの冬枯れが目立つようになります。木枯らしが吹くのは、冬型の気圧配置になった証拠です。
11月7日 初候 山茶始開(つばきはじめてひらく) 山茶花(さざんか)の花が咲き始める頃。椿と混同されがちですが、先駆けて咲くのは山茶花です。
11月1日(火)

山茶花の花が咲き始めました。
11月12日 次候 地始凍(ちはじめてこおる) 大地が凍り始める頃。サクサクと霜柱を踏みしめて歩くのが楽しみな時期です。
11月26日(土)

強い冷え込みで、霜で真っ白になりました。近くの田んぼにできた水たまりの1つに極薄の氷が張っているのを見つけました。初氷です。
11月17日 末候 金盞香(きんせんかさく) 水仙が咲き芳香を放つ頃。「金盞」は金の盃のことで、水仙の黄色い冠を見立てています。
3月19日(2016年)

海辺の水仙郷からは12月に花だよりが届きますが、我が家のものは3月にならないと咲きません。立春までに花が開くことはまずありませんので、昨シーズンの写真を掲載します。(2017.1.30)
小雪 (しょうせつ)木々の葉が落ち、山には初雪が舞い始める頃です。「小雪」とは、冬とは言えまだ雪はさほど多くないという意味で、冬の入口にあたります。
11月22日 初候 虹蔵不見(にじかくれてみえず) 陽の光も弱まり、虹を見かけなくなる頃。「蔵」には潜むという意味があります。
11月29日(火)

虹が見えないという写真など撮りようがないですが、陽光は確かに弱まってきました。
11月27日 次候 朔風払葉(きたかぜこのはをはらう) 北風が木の葉を吹き払う頃。「朔風」は北の風という意味で、木枯らしをさします。
11月29日(火)

ここ数日は風が強く、手がかじかむ冷たさです。
12月2日 末候 橘始黄(たちばなはじめてきばむ) 橘の実が黄色く色づき始める頃。常緑樹の橘は、永遠の象徴とされています。
11月29日(火)

橘はありませんが、ユズの実が十分に色づきました。間もなく収穫です。
大雪 (たいせつ)山の峰々は雪をかぶり、平地にも雪が降る頃です。本格的な冬の到来で、動物たちも冬ごもりを始めます。年末に向け、お正月の準備も始まって、何かとあわただしい時期でもあります。
12月7日 初候 閉塞成冬(そらさむくふゆとなる) 空が閉ざされ真冬となる。空をふさぐかのように重苦しい空が真冬の空です。
11月29日(火)

先ほどまで青空が見えていたはずなのに、あっという間にどんよりとした雲に覆われる。冬の季節の典型的な気象変化です。
12月11日 次候 熊蟄穴(くまあなにこもる) 熊が穴に入って冬ごもりする頃。何も食べずに過ごすため、秋に食いだめをします。
こればかりは幸いにして、当地ではクマの目撃情報はありません。
ネット上の写真をお借りしました。
12月16日 末候 鱖魚群(さけのうおむらがる) 鮭が群がって川を上る頃。川で生まれた鮭は、海を回遊し故郷の川へ帰ります。
北の海から遠く離れた当地では、生きた鮭に出合うことはありえません。
ネット上の写真をお借りしました。
冬至 (とうじ)太陽が最も低い位置にあり、1年で最も夜が長く、昼が短い日です。太陽の力が一番弱まる日ですが、翌日からは再び強まるということから、運が向いてくるとされています。また、冬至かぼちゃ、冬至がゆ、柚子湯などで、厄払いや無病息災を願う風習があります。
12月21日 初候 乃東生(なつかれくさしょうず) 夏枯草の花が黒ずみ枯れたように見える頃。「夏枯草」(かごそう)はうつぼ草の異名です。
うつぼ草もお目にかからなくなりましたので、枯れた姿も見られません。
ネット上の写真をお借りしました。
12月26日 次候 麋角解(さわしかのつのおつる) 鹿の角が落ちる頃。「麋」は大鹿のことで、古い角を落として生え変わります。
何年か前のこの時期、田んぼの畦に立派な鹿の角が落ちていました。
シカは頻繁に出没し、畑の被害に難儀していますが、角を見かけるのは極めて稀なこと。したがって、ネット上の写真をお借りしました。
12月31日 末候 雪下出麦(ゆきわたりてむぎのびる) 雪の下で麦が芽をだす頃。浮き上がった芽を踏む「麦踏み」は日本独特の風習です。
幼い頃、当地でも麦を作っていたという記憶があるのですが、昨今では皆無です。
ネット上の写真をお借りしました。
小寒 (しょうかん)池や川の氷も厚みを増し、寒さが厳しくなる頃です。この日を「寒の入り」といい、寒さの始まりを意味します。そして、小寒と大寒を合わせたおよそ1か月を「寒中」「寒の内」といい、寒中見舞いを出す時期とされています。
1月5日 初候 芹乃栄(せりすなわちさかう) 芹が盛んに育つ頃。春の七草のひとつで、7日の七草粥に入れて食べられます。
1月4日(水)

凍り付いた湿田の傍らにセリが顔を出し始めました。「盛んに育つ頃」というのは、まだ先になりますが…。
1月10日 次候 水泉動(しみずあたたかをふくむ) 地中で凍っていた泉が動き始める頃。かすかなあたたかさを愛おしく感じる時期です。
1月19日(木)

数日来の寒波が去り、薄氷が解けていっています。
1月15日 末候 雉始雊(きじはじめてなく) 雉が鳴き始める頃。雄がケーンケーンと甲高い声をあげて求愛します。
キジの声は聞こえても、その姿をカメラに収めることは難しく、ネット上の写真をお借りしました。
大寒 (だいかん)冷え込みもはげしく、寒さが最も厳しい頃。二十四節気の最後の節気で、ここを乗り切れば春近しということです。寒気を利用した食物(凍り豆腐、寒天、酒、味噌など)を仕込む時期にもあたります。
1月20日 初候 款冬華(ふきのはなさく) 雪の下からふきのとうが顔をだす頃。香りが強くほろ苦いふきのとうは早春の味。
2月19日(2016年)

昨シーズン、我が家の周りで蕗の薹を撮ったのは2月19日のことでした。立春までに顔を出すことはまずありませんので、昨年の写真を掲載します。(2017.1.30)
1月25日 次候 水沢腹堅(さわみずこおりつめる) 沢に厚い氷が張りつめる頃。沢に流れる水さえも凍る厳冬ならではの風景です。
1月22日(日)

まさしく大寒、底冷えの朝です。田んぼの沢水も完全に凍り付いていました。
1月30日 末候 鶏始乳(にわとりはじめてとやにつく) 鶏が鳥屋に入って卵を産み始める頃。本来、鶏は冬は産卵せず、春が近づくと卵を産みました。
昔はどこの家にも鶏がいました。それが高度経済成長の時代にすっかり様変わりし、今では鶏が鳥屋に入って卵を産む姿など見ることはできません。
写真は、1月3日に石上神宮の境内で撮ったものです。
 
 二十四節気七十二候を写真に収める1年が終わろうとしています。
掲載した72枚の写真のうち我が家の周りで写した写真は53枚。残りの19枚は、ネット上の借り物または自宅以外で撮ったものになりました。撮れなかった「候」は、そもそも地域的に撮影が不可能なものと、生活の変化によって撮影できなくなったものに大別することができます。そういう意味では、「完全」をめざすことは企画的に無理があったことになります。
写真に収まった53/72候は、時季が多少前後することはありましたが(その原因は温暖化によるもの、緯度・標高によるもの、今年度の偶然によるものなど多様)、驚異的な確率だと撮り終えた今は思います。七十二候は土と水、花と虫や鳥、括って言えば自然の移ろい(それも江戸時代の)が対象です。そんなものを53/72も写し取れる環境に生きているということです。
しかし一方で、53葉の景色の大半は、勤めていたころには目もくれなかったものばかりです。時間の流れが高速化し多忙化する社会にあって、そこにあっても見ていない、聞いていない、感じていないのです。物質的に豊かになった代償に、いにしえ人の豊かな感性を棄ててきてしまったのですね。七十二候を写し取る1年は、そんなことに改めて気づかせてくれた日々でもありました。
                                                                        (2017.1.30 記)


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